DAY -3

2016/05/24 移植まであと3日

これだけ順調に抗がん剤から赤血球、血小板の輸血まで体内に入って来るからよく眠れる。

白血球も今朝の検査で80まで下がりどんどん0に近づいていきます。そしてこれだけの抗がん剤の投与により白血球が消滅するということは、腎臓がフル稼働して死んだ細胞を処理しているということ。そこでクレアチニン値が問題とされていました。前処置が始まった時に2だった値が今日は1.4と、逆に下がってきているようです。このまま行けば腎臓は問題ないかもしれません。

午後には歯医者さんが回診にやってきました。次から次へとベッドを回っていきます。今口内炎に塗っているケナログ軟膏はステロイド薬のため、口腔内の傷が治りにくい前処置中は使用期間が必要以上に伸びてしまい、逆にトラブルを誘発しやすいとのこと。違う薬を出してくれるといって去っていきました。

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追放されたケナログ軟膏。いままでありがとう。

ただすこし治ってきたようで、朝食も昼食もほぼ食べれるようにはなってきました。5時ころに山崎修さんが見舞いに来てくれました。美里がスタバで仕事をしているので会っていくといって帰っていったけど会えたかな?

5時半にリハビリの山本さんが来てリハビリを終え6時半に夕食を食べ始めたら、横の人がげーげー音をだして吐くのでとても気持ち悪かったけど、なんとか我慢してほぼ完食しました。

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DAY -4

2016/05/23 移植まであと4日

一回6時くらいに目が覚めてうがいして、3往復歩いてすることがないのでまた眠り、再び起きたのが8:00ころ。今までの唯一楽しみの食事の時間がだんだんとそうでもなくなってきました。今日も恐るおそるパンを喉に通すとやはり痛い。冷たいものとかスクランブルエッグみたいなものならなんでもなさそうだけれど。

なんとなく柔らかくなってきてるとは思っていたけれど10時ころ下痢がやってきました。11時にシャワーに入る予定だったので、そのあとは尿漏れパッドをつけてトランクスを穿くという戦法でいきます。シャワーから帰ってきて喉が渇くのでお茶をのんだら急に吐き気がして、あわててトイレに駆け込みました。ブスルフェクスが点滴されている間は、吐き気がくるみたいです。

さすがに昼食は魚とごはんは残して野菜とデザートだけいただきました。今日は14時半から副甲状腺のエコーを受けに2Fまで行ってきました。今朝の採血の速報値が届きました。白血球220まで落ちてるのでもうほとんどない状態です。

17:30にリハビリのトレーナーの山本さんが来てくれたので筋トレ中心でリハビリ指導をうけました。夕食はご飯を8割ほど残した以外はほぼ完食。

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DAY -5

2016/05/22 移植まであと5日

今日は朝5時に起床。昨日で白血球数が3000まで下がったので警報が発令されました。あと3日ほどで限りなくゼロになるのでしょう。今のところは熱もなく普通ですが口内炎だけがつらいです。

美里が居候させてもらってる義理の弟と奥さんがお見舞いに来てくれました。丁度お昼の時間になったのであまり話す事ができず残念です。北海道は連日の30度越えの中狩勝トレイルランニングが行われ、事故もなかったようで安心です。

コンサドーレ札幌の試合は13:00からなんだけれど、IEが固まったので2時間遅れで観戦。スカパーのオンデマンドで音もうまく入らなくなったけど、また1-0で勝ちました。強いね今年のコンサドーレ札幌。

 

DAY -6

2016/05/21 移植まであと6日

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昨日は9時くらいから眠りはじめ2時間に一回トイレに行く以外はよく眠れました。目が覚めたら6:00になっていて、点滴は24時間ずっとなので慣れてくると逆にあまり気にならなくなってきました。8:30の朝食前は採血、検温、血圧測定に前処置薬の点滴のつなぎかえなどで時間がたちます。昨日から気になっていた上あごにできた口内炎のために食べたものを喉に入れるときに痛くてへたすると食べれなくなるぐらいの痛みです。

長女が移植に合わせてロンドンから帰国して看病してくれてます。このブログも写真をとってくれたりいろいろ協力してもらっています。

前処置薬はブスルフェクスが今日から加わりました。16:30にこちらで初めてのシャワーを浴びます。機械をつないだまま点滴のパイプにつながれたままなので結構むずかしいです。

DAY -7 前処置開始

2016/05/20 移植まであと7日

昨日はいきなりいろんなことが始まり忙しかったので9時ころには眠り、よく眠れました。5時に起床しうがいをして、朝誰もいないうちに3往復歩きました。今日は開院記念日なので、週末を入れてリハビリは3連休。3日間セルフトレーニングになります。

今日から移植にむけての前処置がはじまります。11:00にはアルケランを点滴で、15:00にはフルダラを30分かけて点滴で入れていきます。16:00からはキロサイドを24時間かけて点滴します。ここから1週間かけて癌化した自分の造血細胞を全滅させます。その際いろんな感染症にかかりやすくなるため、同時に抗生剤、抗真菌薬、抗ウイルス薬を飲み始めます。

昼食は久し振りに天ぷらがメインでした。メニューに「ホタテかき揚げ 抹茶塩」とあるけど、抹茶塩が見当たらないので最初からかかっているものと信じそのままかき揚げを完食。最後のしいたけを持ち上げると、なんとその下にグリーンの粉末が・・・。

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ヘブン 2日目

2016/05/19

クリーンルームへの移動に際し、愛用しているトゥルースリーパーの持ち込みが禁止されたので心配していましたが、昨日の夜は案の定なかなか眠れず1時間おきに目が覚めてしまいます。今日も移植の前処置は始まらないので自由に売店にもいけるし、リハビリルームにいくこともできます。今日もいい天気です。

担当医が朝いきなりやってきて、明日から抗がん剤(いわゆる前処置)投与するので今日は中心静脈カテーテル挿入しますとのこと。11時から30分ほどかけて挿入しレントゲンで確認して明日から使っていきます。といいながらもう今日から生理食塩水を入れていきます。ほぼ退院するまでこちらから薬は投与することになります。

 

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朝:中心静脈カテーテル、挿入完了

 

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夕方:まずは生理食塩水とブドウ糖の点滴

ヘブンまでの経緯

始まり

2015年12月中旬、呼吸が苦しい、38.5度の高熱、腹痛の症状があり地元のサホロクリニックで診てもらいました。風邪の診断で薬をもらい、熱が引いたので治ったことになります。腹部の痛みが消えず、今度は形成外科に行きあばらの骨折ではないことがわかりました。

12月30日、呼吸が苦しいなか続けてきた羊の餌やりですが5~6歩 歩くだけで息が出来ないほど苦しく、ほかの病院は正月休みなので当番病院の清水町の日赤病院に駆け込みます。検査の結果マイコプラズマ肺炎ということでそれから10日ほど毎日抗生物質の点滴を受けに通います。正月3が日が過ぎたので羊の餌やりは近所の酪農家の登君に頼み家で安静にしています。7日ぐらいにはCTに見られた白い影がなくなり肺炎はなおったことになります。でも苦しさは一向に収まらず、芽球細胞・白血球が異常に多いので、20日、帯広にある厚生病院の血液内科に紹介状を書いてもらったところ明日入院の準備をしてくるように言われました。

初めての、そして長い入院生活がはじまりました。

 

入院、診断

13万もある白血球を下げるためハイドレアという薬を使い、10日ぐらいで3000ぐらいまで下がり、呼吸の苦しかった本当の原因だった貧血も何回かの輸血で楽になりました。後でわかったことですが肺炎ではなく増えすぎた白血球が自分の肺を攻撃していたのが白い影で映り肺炎と間違えたみたいです。腹痛は脾臓が腫脹して内臓を圧迫してたのが原因でそれもハイドレアで腫脹が止まったみたいです。

2日目にやったマルク(骨髄検査)の結果が2月2日に病名として知らされました。【JAK2遺伝子変異による本態性血小板血症からの骨髄繊維症および急性骨髄性白血病】というもので、抗がん剤は効かず骨髄移植でしか助からないということでした。厚生病院では移植ができないので北大病院に頼むという話でしたが、1週間たっても2週間たっても返事が来ないので嫌な予感がしました。治癒率が高いとHPで書いてあったのできっと助かる確率の高い患者しか受け付けないということだと思ったのです。

 

余命宣告とセカンドオピニオン

そんな事態に備えウェブで可能性のある病院を調べ、現在入院している虎ノ門病院(臍帯血移植の症例数世界一)とハプロ移植で有名な兵庫医科大でセカンドオピニオンを受ける準備をしました。厚生病院の主治医からは案の定、移植は無理なので余命は今年いっぱいと告げられました。多くの患者はその言葉を信じ諦めて自然消滅の道を選んでしまうみたいです。納得できないので翌日セカンドオピニオンを受けたい旨を告げたところ、自分の場合は腎機能の指標となるクレアチニンの値が約2と高く、北大病院の基準では1.3以下でないと受け付けないとか、民間の北楡病院にもかけあってみたが断られたということをその時初めておしえてくれました。

3月に長女が帰ってきてくれるので3月7日虎ノ門病院、8日兵庫医科大に予約を取り、資料をもってセカンドオピニオンを代理で聞きに行ってもらったところ、兵庫はほとんど北大と変わらない対応で「何しに来た」みたいな感じだったそうです。一方、虎の門は移植手術は希望するならやりますよといってくれました。

病状がおちついたので3月10日から3日間外泊することになり13日のコンサドーレ札幌の試合を長女と一緒に見に行き、病院に戻ったところで急に熱が上がり唇が腫れて顔全体が膨らんできました。口のなかから入った病原菌が白血球が少ないために増殖し、丹毒症という病気にかかってしまいました。ほぼ2週間で治りその間に虎ノ門から検査のための転院をすすめられたので厚生病院は3月いっぱいで退院しました。

 

転院

失効ギリギリのJALのマイルで帯広ー東京の飛行機を取り4月4日虎ノ門病院に到着し入院です。2週間ほどは毎日検査の連続で徹底的にしらべます。移植手術に向けて家族と一緒に説明を聞き、手術の同意書にサインして移植に向けて一歩前進します。4月19日に飛行機を手配し美智子が上京し4時ころ説明を受け、サインしました。もうその時点ではコーデイネーターの成田さんが先生と一緒にB型の男の子(4座一致)を確保してくれていました。細胞数が多いのがポイントだそうです。

何もなければ5月16日の週に13階にあがり臍帯血移植がスタートすることが決まりました。帯広に戻ることなくそのまま待ち望んだ Heaven によじ登る日が近づきました。